筑駒生がプロジェクションマッピングを学んだら結局ガバナンスの問題だと気がついた件

筑駒(筑波大学附属駒場駒場中・高等学校)というと、一般的には全国有数の進学校というイメージを強く持たれている学校である。

ところがネットの広まりと共に、怪しげな風評が立ってきた。それは、美しすぎる生徒がいるミスコンを開催しているとか(筑駒は男子校です)、高3生が音ゲーを作り込んだとか(筑駒の文化祭は11月初頭の開催です)、3メートル四方の紙で凄い折り紙を作ったとか(先日も現役高校生がマツコの番組で取り上げられ……)、文化祭の案内サインのフォントのこだわりが凄いとか(生徒より先生がマツコの番組で取り上げられ……)、そういう内容である。秋の文化祭シーズンになると、毎年のように筑駒生の成果がネットを駆け巡り、「また筑駒か」というツイートがつぶやかれる始末である。

この風評に対して、筑駒裏サイト運営者としての見解を述べるならば、以下の一言に尽きるだろう。

 

何の間違いもない

 

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この厳然たる事実から導き出せることはただ一つ。

筑駒には分野を問わず変態的なこだわりを持ち、それをやり抜いてしまうヤバい生徒達が大勢いるということである。

そこで筆者が思ったのは、筑駒生に面白い先端表現技術を学んでもらったらどうなるかという疑問だ。

プロジェクションマッピングを目にする機会が増えたと思うが、これらのメディアアートを大学であっても学べる機会はそう多くない。宝塚大学東京メディア芸術学部でメディアアートの指導を行う渡邉哲意准教授は、そのような貴重な学びの場を提供している実践型の研究者の一人だ。過去には姫路城、二条城、小田原城などに「デジタル掛け軸」と銘打って映像を投影するプロジェクトを学生と共に手がけるなど、メディアアートの世界で活躍されている人物である。

宝塚大学・渡邉先生と筑駒生を結びつけたらどうなるのだろうか。

8月都内某所、筑駒生たちはSkypeで渡邉先生の指導を仰ぐことにした。

 

プロジェクションマッピングを学んでみた会議

筑駒文化祭は3日間に渡って開催されるが、唯一夜間に開催されるイベントが「中夜祭」という企画だ。イベントの企画運営は高校2年生が担当し、毎年メンバーは交代となる。

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 学校の中庭に設置された特設ステージで、ダンスあり、コントあり、ジャグリングありの様々な企画が行われるが、全体が一つストーリー仕立てになっていて、凝った演出がされている。

 

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この中夜祭実行委員会に加わる高校2年生は、昨年のものを超えたいという思いで必死だ。その一方でこうしたステージイベントの経験は無く、過去の総括資料を見て学びとるしかない。高校3年生の先輩も見ている中、そのプレッシャーは大きいものがある。 

 

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こうした思いを胸に中夜祭実行委員会のメンバーがここに集結した。質疑応答形式で、実際のイベントにどのように採り入れることが可能か議論していく。

渡邉先生「投影する会場の背景はどうなっているのかな?」

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 生徒「高3生と共有して使う背景パネルがあり、中央に開口部があります。舞台は中庭の隅に設置されているため、三角形のような形をしています。そのため背景パネルは左右一直線ではなく、中央を奥にして、台形に設置されています。」

渡邉先生「それならば、中央にプロジェクターを2台設置して、二面にそれぞれ投影するのも良いかもしれないね。」

渡邉先生の質問は極めて実践的であり、かつ具体的である。メディアアート分野の抽象論ではなく、現場の場数を踏んできたことがよく分かる。そして今のプロジェクションマッピングが、巨大建物への投影だけでなく、ステージ上の箱など小さいものへの投影などのトレンドもあることを示していく。

 

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渡邉先生「この映像にあるように、入口という設備を生かした演出も可能だ。つまりステージ構造を生かした企画演出が大切となってくる。」

生徒「そうなると、プロジェクターを使って位置合わせなどの事前テストをしないといけないのでしょうか。」

渡邉先生「必ずしもそうではない。機材や会場の制約がある場合もある。先に設置位置に合わせた画角の写真を撮っておいて、それを背景画として合わせ、映像を作ることも可能だ。プロジェクターの投影できる画角はスペック表から把握することができる。」

筑駒生の飲み込みは早い。渡邉先生から提示される専門的な助言をベースに課題を洗い出していく。

 

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渡邉先生「パネルが横長であるため、4000ルーメンのプロジェクター2台が最低ラインだろう。5000ルーメンが2台あれば理想的だ。」

生徒「ただ、中夜祭全体の予算からすると、どんなに頑張ってもプロジェクターにかけられる予算は3万円程度になってしまいます。」

渡邉先生「なるほど。だとしたら学校にあるような光量の弱いプロジェクターを重ねて投影する方法もある。普段使われている機材だと、カタログスペックほどの光量が出ないこともあるので、明るさがどの程度か、体育館で実験してみるのもいいだろう。」

 

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生徒A「やはり、予算の範囲でどこまでできるか、学校の機材がどこまで使えるかで演出も変わってきますね。」

生徒C「学校にもプロジェクターがあるのですが、授業でさえも光量が弱くて見づらいことがあります。となるとレンタルしか方法がないかもしれません。」

生徒B「やはり今最大の課題は、予算であり機材だね。早速調べよう。」

 

しかし、言われて気づいた課題にまとめているうちに、ある重要な問題が浮かび上がってきたのだった。

 

プロジェクションマッピング以前の問題

検討を進める作業に没頭する彼ら。そのうち渡邉先生を置いてきぼりにして、筑駒生同士議論がはじまっていく。機材と演出の関係性を見切った筑駒生は、問題をより構造的な部分へと深掘りはじめた。

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生徒C「これって、機材の問題はあるけど、究極は演出をどうしたいかだよね。脚本どうするの。」

生徒A「脚本は誰に決定権あるんだろ。そこが重要だよな。」

生徒C「現状誰が決める権限を持つか曖昧だよね。機材が絡んでお金もかかるけど、委員長が勝手に決めるものでもないし。」

生徒B「これ、統制(ガバナンス)の問題じゃね。」

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生徒A「そうそう! これ統制の問題に尽きる。誰が決めるべきか、組織の中での役割と責任が明確になってないよね。」

生徒C「普通の組織の意志決定ってどうしているんだろ。演出を多数決で決めるというのもそれが正しいと言えるのかな。」

生徒B「委員会発足以来、誰が何を決める役割なのか、統制のあり方を曖昧にしていたというのが問題だよね。今も部活の夏合宿とかでみんな意識が離れているから、ここを早く直していかないと。」

生徒A、C「そうだね。問題が分かった。よし、急いでやろう。」

渡邉先生、私「…………。」

はい。いつの間にかプロジェクションマッピングの検討の場は終わり、プロジェクションマッピングの演出をするために必要な組織のあり方、意志決定のあり方を議論する場になっていたわけである。

再度触れておきたいが、彼らは高校2年生で、中夜祭の企画運営に参加するのは初めてとなる。クラスもクラブも違うメンバーが結集した集団で、先生も先輩も組織運営に関与することはない。そんな彼らが気づいたのは、今の自分達の組織における意志決定の脆弱性だったというわけだ。

彼らの提起する問題はこうだ。
ステージ上での演出のために脚本担当がいる。素晴らしいものを作るために、脚本担当を中心に演出を決めることが望ましいのだろうか。しかし、所詮高2生であり、演出の経験を多く積んだわけではないのだから、色々な人の反響を聞いて、多数決などで民主的に決める方が、より聴衆の反応に近い結果が得られるかもしれない。どちらが組織の意志決定として望ましいのだろうか。加えてプロジェクターを導入するのなら、コストがかかり、その投資に見合う決定をする必要がある。そうなると演出以外の管理・財務系プレイヤーの権限も絡んでくる。では集団意志をどのように合理的に決定すればいいのか、というわけだ。

つまり、これらの意志決定において各役職者の責任と役割も、意志決定の手順も明確になっていないことが、自分達の最大の問題だと気づいたのだった。

最後は気もそぞろだったのは仕方がないだろう。プロジェクションマッピングの映像製作に走り出す前に、この問題をなんとかしないと、中夜祭の成功自体が危ぶまれると分かってしまったのだから。

筑駒には分野を問わず変態的なこだわりを持ち、それをやり抜いてしまうヤバい生徒達が大勢いると冒頭で述べた。それが、個人で行う技巧の次元に留まらず、自分の組織の見直しという厄介な問題にも全力投入だったわけである。

 

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思わぬ方向へ進んだ宝塚大学・渡邉先生×筑駒生のプロジェクションマッピング特別講義。11月4日に開催される今年の中夜祭がどうなるか、ぜひ実際に見て確認して欲しい。

 

最後に企画を支援して下さった渡邉哲意先生のことにも触れておきたい。渡邉先生が最近手がけられたプロジェクトに、geta.co.jpという凄いドメインを持つ株式会社水島工業と共同で、学生のデザインにより下駄の擬人化をし、マンガ化するというものがある。プロジェクションマッピングではないのだが、これもメディアアートの一環という位置付けだ。実業と学問の垣根が崩れ、コマーシャルベースのサブカルチャーの表現手法がどんどんアートの世界に流れ込み融合してきているように感じる。

渡邉先生が所属する宝塚大学東京メディア芸術学部では、提出作品が無くても受けられる入試方式を今年から開始しているとのことだが、個人の技量レベルを追求するだけでは終わらない今の時代の表現世界ならではの流れと言えるだろう。

芸術分野であっても、個人の技量云々よりも、ゴールまでやり抜くという強い意欲や集団的コミュニケーション能力、作品づくりのバックグラウンドへの解決能力が、より大切となる場面があることは今回の事例からも分かることだと思う。渡邉先生のような優れた実践家の下で、これからの世界を担う新しいタイプの芸術家が育っていくことを願いたい。

 

関連サイト

宝塚大学
闇駒

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